HOBIE ホビー ホビー ロングボード ロングボード ロングボードスクール ロングボートスクール サーフィン サーフィン サーフィンスクール サーフィンスクール
 |
|
| *奇妙ななコンテストノーズライディングコンテスト。HOBIEチームが征しHOBIEより世界初ノーズライダーモデルリリース。ノーズライド全盛期へ |
60年代中盤になるとハワイで誕生したノーズライディングがカリフォルニアでも流行し始めた。 そして、1965年7月にトムモリー(後にボディーボードを発明)が、カリフォルニアのエリート サーファー達を、ある特殊なサーフィンコンテストに招待した。場所はカリフォルニアのベンチュラ。コンテストは、ノーズに乗っている時間で勝負が決まるというものだった。
大会で定義したノーズは、、ボードの先端から25%のところまでと決められた。 この大会ではノーズライディング以外のマニューバは全く意味が無く、原則的にはどんなボードを使っても良かった。カリフォルニアのサーフィン業界も力を入れて、このコンテストをバックアップした。というのも、優勝者とそのボードメーカーには”ノーズライダー”の注文が殺到することが、ほぼ間違いなかったからだ。勝者は名誉ばかりか、大きな商業的成功をも手にする事が出来たのだ。
優勝候補は、業界をリードしていたHOBIE SURFBOARDSだった。 それだけにHOBIEチームに対するマークはきつかった。彼らは自分達が注目され、夜遅くまで見張られていることにも気づいていた。そこで、裏窓から見える場所にわざとおとりのボードを置くという苦肉の策を生み出した。その結果、このおとりボードのコピーがいくつも出回ることになった。
”HOBIE NOSERIDER”の開発には欠くことのできない人物がいた。それがフィルエドワーズだった。 彼はオールラウンドなウォーターマンで、最盛期には仲間達から世界一のサーファーと見なされたほどの人物だ。 セイリングの知識も豊富でこれがボードを造る上で大きく役立ち、大方の予想通りHOBIEチームは大会を制した。2位はG&Sであった。 この大会では突拍子もないボードが多く使用された、そのひとつは、ハンセンチーム(マイクドイル、ラスティーミラー)は自分達のヒート直前になってやってきた。そして彼らのボードにはなんとバランスを取る為に、テール部にレンガが固定されており、おまけにジェット機に尾翼のようなフィンが付けられていた。試みは斬新だったが結果はむなしかった。
また、ドイルはテールからストリンガーが4インチも飛び出したボードを持ってきたが、これは使用が認められず、歴史的なコンテストで失格となった唯一のボードであった。
優勝したのはHOBIEチームのミッキームニョスであった。タイムは9.9秒だった。 ミッキーが乗っていたのは、HOBIE コンケーブ ノーズライダー だった。 この年1965年にHOBIEからこのコンケーブ ノーズライダーが発売され、爆発的に売れたことは言うまでも無い。 このように、
ノーズライダーを初めて販売したのはHOBIEだった。
この後、各メーカーから後追ってノーズライダーが発売されていった。 |
|
|
 |
|
|